「子育て罰」はなぜ超克できないのか?:システム設計ミスが原因のチャイルド・ペナルティ

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本稿は、「LIFE STAGE NAVI」に掲載された「チャイルド・ペナルティ(子育て罰)」に関する詳細な記事内容に基づき、ONOLOGUE2050としての社会システムと構造改革の視点から、その本質と解決策を考察するものです。

現代の日本社会では、子どもを持つという喜ばしい選択が、なぜか親のキャリアの停滞や経済的な負担へと直結してしまうというパラドックスが存在します。
この現象は「チャイルド・ペナルティ(子育て罰)」と呼ばれています。
このペナルティは、単なる個人の選択や努力不足の問題として片付けられるべきではありません。こ
れは、私たちが現在生きる社会が、20世紀型の社会システム設計から脱却できていないことの表れであり、未来世代に負の影響を与える「構造的な罰」であると捉える必要があります。

ONOLOGUE2050では、この問題を経済学(ノーベル賞受賞者クラウディア・ゴールディンの研究など)と社会学の視点から掘り下げ、日本のシステム設計における失敗の本質を考えてみます。
そして、持続可能な社会を築くために必要な、近未来のためのシステム再構築の道筋を描くきっかけにしたいと思います。

チャイルド・ペナルティの根本的な原因は、高賃金が得られる職種に共通する「貪欲な仕事(Greedy Jobs)」の構造にあります。ゴールディン氏が指摘した、夜間や突発的な対応を要求し、その対価として高い賃金(プレミアム)を支払う「オンコール性」は、日本の雇用システムにおいて極端に増幅されてきました。

日本型の「メンバーシップ型雇用」は、職務内容や勤務地、労働時間に無限定性を要求することを前提としています。
この構造は、子育てによって時間的・地理的な制約を持たざるを得ない親たちを、高賃金コースから弾き出すというシステムの二重の罰を生み出しています。

その結果、母親は時間的制約から非正規化や低賃金コース(M字カーブ)に固定され、父親は無限定な長時間労働が強制され、家庭でのケア責任から隔離されます。
企業と社会が「育児・介護といったケア」を、システムの外にある「家庭の私的な責任」として放置してきた結果、ペナルティが女性に集中し、少子化を加速させることになったのです。

この親のキャリアと賃金への構造的な罰は、次の世代である子どもたちに「二重の貧困」として深刻な影響を及ぼします。

まず、親の賃金低下と不安定な就労形態への集中は、世帯収入を押し下げ、直接的に子どもの塾や習い事といった教育投資機会を奪うという「お金の貧困」を生み出します。

さらに深刻なのは、親が長時間労働や不安定雇用で疲弊し、子どもと向き合う時間や気持ちの余裕を失うことで、「時間的資源」が枯渇する「時間の貧困」です。
この「時間の貧困」は、所得以上に子どもの学習意欲や自己肯定感に影響を与え、将来の機会を奪う可能性があります。

そして、この「お金」と「時間」の二重の貧困は、子どもが本来大人が担うべきケア責任を負うヤングケアラーとならざるを得ない環境を作り出したり、貧困の世代間連鎖を招いたりといった、最も重い罰を次世代に課しているのです。

日本のチャイルド・ペナルティが国際的に見て深刻なのは、親や企業の努力だけでは変えられない制度的・構造的な課題がペナルティを増幅させているからです。
これは、社会システム設計の失敗に他なりません。

代表的な例が、日本の税制・社会保険制度の「壁」の矛盾です。
配偶者控除や年収の壁といった制度は、依然として「夫が主たる稼ぎ手、妻が補助的稼ぎ手」という過去の家族モデルを前提としており、女性がキャリアアップのためにフルタイムで働くインセンティブを制度的に削いでいます。

また、公的投資の不足と「縦割り行政」の壁も大きな課題です。
日本の家族関係支出(対GDP比)はOECD諸国の中でも低水準であり、子育ての費用と責任を「私的な自己責任」に押し付けています。
さらに、保育(厚労省)、教育(文科省)、税制(財務省)といった分野が連携を取りきれず、支援策が分断される縦割り構造が、当事者にとって本当に必要な「切れ目のない支援」の実現を阻害しています。

歴代政権が掲げてきた少子化対策、例えば「異次元の少子化対策」のような政策も、この構造的課題を根本から解決するには至っていません。
その大きな理由には、対策が、一時的な「金銭給付偏重」に陥りがちであり、「時間的貧困」や「キャリア断絶」といった非金銭的なペナルティに十分に対応できていないことがあります。

既存の対策は、本質的なシステムを変えずに部分的、一時的な給付を増やす「対症療法」としての性質が強く、子育て世代の「希望格差」や「将来不安」といった根本的な問題は解消されません。
いくら一時的に給付金を増やしても、その金額が少ない場合には、子どもを産み育てることによる経済的・時間的なリスク(罰)が根本的に高いままであれば、出生率の回復には結びつかないでしょう。

真の少子化対策とは、出生数を増やすこと自体を目的とするのではなく、「望む者が結婚できること」そして「望むだけ子どもを持ち、キャリアと両立できる社会システム」へと、社会の仕組みを根本的に再設計することが絶対的な条件になるのです。

チャイルド・ペナルティの解消は、「とてつもなく難しいパズル」であり、働き方、企業文化、そして社会全体の価値観と制度を、根底から問い直す抜本的な改革が必要です。
ペナルティをゼロにする設計思想は、「時間」と「お金」の両面からシステムを再構築することに行き着きます。

時間(労働システム)の改革: 無限定な「オンコール性」を脱却し、「ジョブ型」への移行、リモートワークやフルフレックスなどの柔軟な働き方を社会の標準とする必要があります。
但し、この改革は、すべての職種に可能なわけではなく、ごく一部に限定されます。
働き方は、職種や企業規模などによる経営力などにより異なり、一律で、労働システム改革、就労時間システムを改革できることはありません。
お金(公的投資)の改革: 教育・医療・保育など、子育てにかかる費用と責任を公的・社会的なコストとして明確に位置づけ、普遍的に提供するシステムが不可欠です。

しかし、これらの改革は既存の財源論や労働市場の慣習に阻まれ、遅々として進んでいません。
また、個々の仕事や職種、企業・事業所特性なども、改革への取り組みを、スローガンだけで進めることができるはずもないのです。

ONOLOGUE2050では、この「時間とお金の貧困」を根本から断ち切るために、すべての国民に「生活の基盤」を保証し、「働き方の選択の自由」を与えるシン・ベーシックインカム(NBI)構想こそが、近未来の社会システム設計の鍵となると考えています。

今回のLIFE STAGE NAVIにおける公開記事において示唆しているのが、まさにこのシン・ベーシックインカムなのです。

チャイルド・ペナルティは、単なる子育て世代の苦悩ではなく、日本の持続可能性と近未来世代への希望に関わる深刻な社会システムの問題の一つです。
このペナルティを解消することは、少子化対策に留まらず、多様な生き方・働き方が尊重される、真に自由で豊かな社会への道を拓くことにつながります。

私たちは、20世紀のシステム設計の未熟性と本質の欠陥から解放し、2050年に向けて、子どもたちに「罰」ではなく「希望」を与える新しい社会システムを設計しなければなりません。
この構造的課題を乗り越え、子育ての喜びに罰則がつかない社会を共に築いていくことが、今とこれからを生きる私たちの責務と考えるのです。
シン・ベーシックインカム2050論は、2026年から、専門のWEBサイトを開設し、そこで本格的に取り組んでまいります。
なお、2023年までの「日本独自のベーシックインカム、ベーシックペンション」に関する考察は、httpes://basicpension.jp で確認頂けます。
多様・多面な考察を展開していますので、ご覧頂ければと思います。

本稿の土台となった「チャイルド・ペナルティ」問題のより詳細な考察については、LIFE STAGE NAVIに掲載の以下の記事をご覧ください。
⇒ 子育て罰(チャイルド・ペナルティ)が奪う時間と未来|少子化・親ガチャ社会を超えるために – Life Stage Navi

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